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【動画付】 ジブリ 最新作 映画 風立ちぬ あらすじ [映画]




ジブリ最新作映画である『風立ちぬ』について少し綴ろうと思う。

風立ちぬ.jpg

まず、この『風立ちぬ』の公開日が7月20日であるということは押さえておこう。

そしてこの『風立ちぬ』を作った人物はお馴染み宮崎駿監督である。

新しい映画を作ったのは、実に5年ぶりだそうである。

ということで、これから宮崎駿監督の最新作風立ちぬ』のあらすじをザザッと確認してみよう(長文注意)


ジブリ最新作映画風立ちぬあらすじ


プロローグ(夏の避暑地の高原にて)

ある年の夏。私は、避暑地の高原で「節子」という美しい少女と出会っていた。
少女はカンバスに絵を描いていた。ひとときの逢瀬を楽しむ二人の間に、風が吹いた。

ふと「風立ちぬ いざ生きめやも(風が吹いた。私達は生きねばならない)」という詩が私の口をついて出る。

散歩を楽しむ二人。節子は「父親は自分を離したがらない。私達はこれっきりになるのかもしれない」と不安を口にする。
私は「暮らしのめどが立てば、きっとお前を貰いに行くから…それまではお父さんの元にいるがいいよ」と誓う。

二・三日後、ホテルの食堂で節子は迎えに来た父親と共に、私に背を向けてぎこちなく知らぬ振りをしていた。
二人はホテルを発っていったが、ひとりになった私は節子への思いを再確認していた。


春(時は経過し、約2年後)

私は節子と婚約を果たしていたが、節子は結核を患っていた。

ある日、私は散歩のついでのような顔で節子の家を訪れていた。父親は節子の病状が思わしくないので、「私」と院長が知り合いであるFのサナトリウムへ入れたらどうだろうかと切り出す。私は空気を読み、もしそうなるのなら自分もそれに同行すると約束する。節子へもそれを告げる。

妙に気弱になる節子。自分がこんな体のせいで、私に気の毒だと言うが、私は「それだからこそ愛しく思うのだよ」と。
節子「私、なんだか急に生きたくなったのね…」

二人は八ヶ岳山麓のサナトリウムへ発つ準備をしていた。そこの院長に父親も伴って節子の病状を診てもらったが、医者は明るく鷹揚な返事を返した。だが実は私には、医者から深刻な事実が突きつけられていた。私はひそかに泣いたが、節子はそれを気取り、自分の残り寿命に関して察したようだった。
節子「私達、これから本当に生きられるだけ生きましょうね…」

二人は汽車で八ヶ岳に発った。まだ雪の残る険しい山麓を汽車は登坂を続けた。やがて小さな駅に着き、出迎えた小使いに高原療養所へと案内される。貧しい村を抜けた先にあるサナトリウムでは、裏がすぐ雑木林になっている病棟2階の真っ白な部屋に案内された。ここが二人の住み処となる。

八ヶ岳の麓の療養所で、私と節子二人の奇妙な療養生活が始まった。しかし私が見せられた節子の病巣のレントゲン写真には、大きな黒い塊がくっきりと写っていた。院長は「ここまでひどくなっているとは…この病院で2番目くらいに重い患者かも知れない…」と告げる。私は病室に戻る時、17号室に随分ひどい症状の患者がいるのを見る。

私と節子の暮らしに変化があるとすれば、時折節子が熱を出すことくらいだった。節子はその度にじりじりと衰えていった。しかし病室の窓から見える、移ろいゆく山の自然は例えようもないほど美しく、私と節子は「ずっと後になって今の生活を思い出せば、どれだけ美しいだろう」と思った。しかし、ふいに節子が「そんなにいつまでも生きていられたらいいわね」と口走る。二人は気まずくなるが、私は「その自然を美しく思ったのは、私だけではなく、我達二人」なのだと思い至り、それを恥ずかしいと感じる。




山の夏は平地よりもずっと強烈だった。サナトリウムの患者は増えていった。節子は暑さのために食欲をなくし、寝られない事もあった。私は十七号室の患者の事が気になり、つとめて避けていたが、ある夜、病院全体が騒々しくなり、ただならぬ事が起こったようだった。二人は不安の夜を過ごす。



私は偶然、あの十七号室の付き添い看護婦が庭で花を摘んでいるのを見かけ、あの患者が逝ってしまった事を知る。病院で一番病状が重いらしい患者が亡くなった。…では次は?言いようのない不安に駆られる私。節子の顔もまともに見られない。

秋雨が数日続く。サナトリウムの患者もいつのまにか減り、重い患者ばかりが取り残されていた。
雑木林で神経衰弱の患者が首つり自殺するという事件が起こる。私の不安はいっそう大きくなる。

十月のある日、節子の父から立ち寄る、という知らせの手紙が届く。節子はうれしそうに目を輝かせたが、その体は痩せていた。

数日後、父がやってきたが、節子は医者から安静を命じられていた。父は病が治りかけていると思っていた自分の見込みが裏切られたことに、ひそかに落胆していた。しかし節子が興奮のあまり頬を紅潮させているのを「顔色はとてもいい」と自分を納得させようとしていた。

私が気をきかせて席は外してから戻ってみると、節子は父が持ってきた彼女の隙だった菓子などをベッドに広げ、それを私に見られバツの悪そうにしていた。節子はまるで少女のようだった。それをからかうと彼女は「知らない」と顔を覆った。

父はサナトリウムを発つ直前、私と二人きりで話した。父は「ここの環境はあまり向いてないのでは?もう半年なのだから、少しは調子が良くなってよさそうだが…」しかし私にとっては、ここでの二人の孤独な環境は何物にも代えがたい幸福そのものだった。彼女は冬までここで過ごすつもりらしく、自分も共に過ごすつもりだと告げる。父は「ありがたい。なら、あなたもここで仕事をされたらどうか」と。私は自分があまりにも自分の仕事をほったらかしていた事を思いだした。病室に戻ると、節子は今までにないひどい咳をしていた。少し血を吐いた。

節子は絶対安静が続いていた。私はつきっきりだったが、幸いにも危機は一週間ほどで立ち去った。節子は「今度もしお父様がいらしてもあんなに興奮せず、知らん顔をしてやるわ」といたずらっぽく微笑んだ。

私は節子に、これから少し仕事をするつもりだが、節子との日々のことを書くつもりだと打ち明ける。それ以外の事は考える事もできないし、二人のこうした日々のできごとを、もっと確実なものにしたいから。私は節子に「お前も協力してくれ。俺が仕事をする間、頭から足の先まで幸福になってもらいたいんだ…」と願いを告げる。

森を歩きながら、物語を夢想する私。身の終わりを予覚しながらも快活にふるまう女主人公の物悲しい物語だった。恋人である男は彼女への愛を純粋なものにするため、病身の娘をサナトリウムに誘う。男はけんめいに介抱する。娘はそれを感謝しつつ死んでいく。まるで私達の身の上そのものを描こうとしていたが、私はその悲劇的な終わりまでを夢想してしまった事に恐怖と羞恥心を覚えていた。

病室に戻った私は、節子への罪悪感から、今の生活は自分の気まぐれに節子を巻き込んでいるのではないかと、心情を吐露する。節子は「あなたのお帰りが少し遅いだけで、私不安になってきたの…いつかあなた私にこう仰ったでしょう。私達のいまの生活、ずっとあとになって思い出したらどんなに美しいだろうって…」




私は昼間は私達の物語の執筆のため、サナトリウムを出て山々や森を歩きながら夢想にふけっていた。そんな日々の中でも節子の病は少しずつ重くなっていった。

ある日帰り道で、外に出て雑木林の外れにたたずむ節子の姿を見た。私達は一緒に八ヶ岳を眺めながら、私の胸の内には、二年前に山の麓から二人きりの暮らしを夢見ていたこと、散歩する時も節子の姿を見たいばかりに少し前を歩かせた思い出などが、いっぱいに溢れてきた。


・・・

これを見る限り、とてもシリアスな話だということがわかる。

何て言うのでしょう・・・

深刻で複雑な心情が絡む、ヒューマン映画というのでしょうか?

とにかく、この映画を見た人は、

何かしら改心させられるものが得られそうですね!

ということで、7月20日公開『風立ちぬ』、是非劇場で見てみましょう!

映画風立ちぬ』の予告+アフレコを終えた声優陣の感想







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